6・カワイ株はどのようにして発見されたのか  


 ヒントは『微生物と免疫』という英文誌に発表してあった、二つの発見でした。

 一つは、乳酸球菌エンテロコッカス(人間から採取した)が十二指腸粘膜の不必要な酵素アルカリフォスファターゼ(この酵素は癌や肝機能障害で増加する)の活性を著しく抑制すること。

 もう一つは、人間から採取した、エンテロコッカス(乳酸球菌)、ビフィダス(乳酸桿菌)、ラクトバチラス(乳酸桿菌)を混合で与え、胃・腸管、各部位への定着性を調べてみると乳酸球菌エンテロコッカスが他の乳酸菌ラクトバチラスやビフィドバクテリウムに比べ、圧倒的によいのです。

 この二つの世界で初めての研究結果から私は、乳酸球菌エンテロコッカスの研究に的を絞ることができました。
 乳酸球菌エンテロコッカスが、胃から大腸まで「定着性が」良く、沢山住み着いているならばきっと人体によい影響を与えているはずだと考えました。考えたというよりは、そう信じました。
 これが、私の他の研究者との違う自信なのでしょうか。つまり、コレステロールを低下させる乳酸球菌エンテロコッカスを、人の胃腸管から探し出して発見しよう。目標は決まりました。簡単なようですが、この目標を決めるまで、不眠不休の努力が続きました。
 私は研究データーを見直し、考えることが大好きです。今でもそうです。それは、過去のデーターの中に重要なヒントの宝が隠されているからです。過去のデーターを軽視する人は、世界的大発見はできません。何故ならば、研究データーはしゃべってくれません。自分の方から問いかけて、何回も、いや何十回も問いかけて、データーを見直し、熟知したとき素晴らしいアイデアが浮かぶのです。
 人間は、事実(研究結果)に対して、謙虚でなければいけないと思います。知ったかぶりをする人間は、下の下です。これは、私の“自信とプライド”そして、思想であり哲学かもしれません。又、底抜けの自信、楽天的自信といっても良いでしょう。
 自信は、結果から生まれてくるものです。最初から、世界的発見はないかとねらってもそれは不可能です。大部分の研究者は、知ったかぶりをしたり最初から大発見を期待するから、何も生まれないのです。大発見は小さな地味な研究結果の積み重ねと、凄まじい使命感から生まれます。これは人間への優しさ、愛と言っても良いでしょう。私の根幹は、人の役に立つ社会に貢献するという思想と病気を治すと言うことにあります。
 私の信念は不変です。大発見ができるかどうかはこの思想を持ち得るかどうかの才能があるかどうかです。或いは、この才能は生まれつきのものかも知れません。

 研究者は黙って研究するしか道はありません。
 この道は大変厳しいです。しかし、戻ったら負けです。

 さて、目標に向かって血中のコレステロールを低下させる乳酸球菌エンテロコッカスの探索を開始したのです。
私の研究グループの総力を上げて、驀進しました。

『余談ですが、私のこの新しい世界で初めての研究を理解し賛成してくれた人はごく少数でした。(賛成してくれたのは吉川政己・東京大学医学部長、伊藤洋平・京都大学医学部細菌学教授でした)』


 私の研究グループの大多数も、皆、戸惑っていたのです。無理はありません。今まで誰もがやらなかったことをやろうというのですから、並大抵のことではなく若い部下達も勇気と気力が必要でした。しかし、私はその位のことは、最初から覚悟していました。

 私が、日本に帰ってきた理由は、世界で誰もなしえなかった研究をし、成人病を無くしたいという思いだったからです。一人ででもやり遂げるという気力が体から、ほと走り出ていました。こういうのを世間では『肩で風を切る』といいます。そうです、肩で風を切って大発見への第一歩を踏み出したのです。私はこのときほど、研究者になって幸せを感じたことはありませんでした。
 他の誰一人賛成してくれなくてもいい、一人ででも必ずやり通してみせる。そういう強靱な信念で胸が一杯でした。今思い出しても胸がジーンとするくらいの思いでした。
 実際には、私のグループの多数の研究者が私の情熱とアイデアについて来てくれました。私は、今でもその人達に感謝しています。研究が始まりました。

 この頃、胃腸管から乳酸球菌エンテロコッカスを取り出すのは、困難な時代でした。まだまだ内視鏡や胃カメラの開発が未熟だったのです。
 そこで、わたしは糞便を材料にして乳酸球菌エンテロコッカスを探し、その中からコレステロールを低下させる菌を来る日も来る日も探し続けました。何故なら死んでいるか生きているかは別にして、糞便の三分の一ないし二分の一は、腸内細菌だからです。内視鏡は嫌がる人でも、糞便は採取してくれます。
ネズミに動脈硬化を起こさせて、このネズミに毎日毎日新しく培養した乳酸球菌エンテロコッカスを投与しました。しかし、なかなか良い菌が、見つかりませんでした。
 コレステロールを少しくらい低下させる菌は、半年くらいで見つかりました。しかし、少しくらいコレステロールを低下させる菌では、人間の動脈硬化には治療効果はありません。いつの間にかテストした乳酸球菌エンテロコッカスの数は優に500株を超えていました。

『余談ですが私は好きなお酒も5年半やめました』





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